2015年12月30日水曜日

店じまい


 今日午前で一端店じまいである。新年の開店は4日(月)から。
 いつもそうなのだが、からだを休めていても、あたまは休まらない。常に何かを考えている。この年末年始は、いつも以上にそうなる気がしている。

 新カリキュラム移行の膨大な作業に始まった1年だった。いろいろな雑音に心が折れそうになることもあったが、チームの一員としてなんとかソフトランディングさせ、休む間なく単著の執筆作業へ突入。自他ともに認める「遅筆」の私が、短期決戦で一応形にした。

 その後のことは書き記さないが、とにかくいろいろなことがありすぎた。学内の役職を任期途中でおりて、時間の余裕ができるはずだったのに。ただただ、突っ走ってきたような気がする。

 それでも、学会シンポで「映画」を語る機会をいただいたからか、いつも以上に積極的に文化にふれた年でもあった。出張先で見た、「あん」「野火」「日本と原発」。そして池袋演芸場を何度か訪ね、大好きな三遊亭歌之介のトリも見ることができた。また、絵本作家が集まる会にも行き、作者自らの「読み聞かせ」を聞く贅沢な体験もした。

 今年は、講演・研修の依頼が増え、結果として学生に迷惑をかけてしまったのではないか…と反省するところもある。また、カウンセラーとしての業務も増えた。
 カウンセリングの重要さを再認識するとともに、自分のカウンセラーとしての非力を痛感する年でもあった。……このことは、まだ言葉にできない。

 来年は…、どうなることやら。
 ただ、来年も子どもの傍にいるおとなでありたと思う。
 


 ※年賀状をやめて何年か経ちました。皆様、失礼をお許しください。

2015年12月5日土曜日

師走を迎えて…


 なんとかかんとか、一つひとつの山を越えている状態がつづく。
 そして、意外とタフな自分にも気づく。日々を走りつづけられている。先輩同僚からは「あとで、からだにつけがまわってくるよ」と脅されながらも。

 今日は釧路専門学校で講義の予定だったのだが、あちらの都合で「延期して欲しい」と言われ、朝から久しぶりに研究室での仕事。事務仕事を片付ける時間がとれた嬉しさの一方、「延期と言われても、簡単に別の日程はとれないよ…」という苦しみもある。

 昨日は、大学の大先輩である釧路市社会福祉協議会O事務局長の呼びかけのもと、地域の関係者の集まりに参加させていただいた。普段、(講演先での懇親会は例外だが)ほぼ宴席というものに参加しない私にとって、久しぶりの夜の末広。景色が少し変わっていた。そして楽しい会だった。そこには、日頃よりいろいろとお世話になっている、やはり大学の先輩である堀口クリニックのKケースワーカーもいらしていた。

 Kさんとは、お互いに日々忙しい中で、一人ひとりの子どもとそのケースにどう真摯に向き合っていくかという話になった。いま、一番自分が考えなければならないことだと思う。
 来週は、大学で通常どおりの授業を行いながら、市内・管内の学校4校をまわりSC・巡回相談を行う私。かかわるケースとしては膨大な量になる。一人ひとりの子どもと真摯に向き合いながら、かつ当然のことながら大学での授業、そして学生とのかかわりにもしっかりと責任をもたなければならない。 
 私の心の中からある声が聞こえる。 私よ。仕事を「こなす」になっていないか!?
  反省しなければならないことがたくさんある……。

 子ども一人ひとりと向き合いながら、子どもの声に耳を傾けながら、ときに涙をこらえている自分がいる。プロだから、専門職だから、子どもの前では泣かない。でも子どもの抱える荷物の大きさを感じる度に涙が出そうになる。

 君が抱えている荷物は、君の責任ではない。私を含む、この社会のおとなたちが背負わせてしまった荷物である。それがこんなにも君を苦しめている…。おとなの一人として責任を感じている。そして君に申し訳なく思う。
 いま、目の前にいる私に何ができるだろうか。一緒に考えてみたい…。

 先日、「私の行動の原動力は怒りです」とある人に話した。つい、口を衝いて出た言葉だった。子どもたちに荷物を背負わす者に対しての怒り。それを理解せず「子どもや家族の責任」としてしまう都合よい者たちへの怒り。私はそれを常に持ち続けている。
 しかし、一晩寝て、少しそれを訂正しなければならないと考えた。
 私の行動の原動力は、「怒りとともに、彼らへの希望です」と。

 子どもの苦しむ悩む声の中に、私は彼らの「願い」を聴く。彼らの願いが聞けたとき、それを彼らと共有できたとき、希望が生まれる。

 本当は…私も苦しいけれど、でも、またなんとか踏ん張れそう。
 出会うすべての人々に感謝。