2014年7月24日木曜日

虐待防止


  本日、北海道こどもの虐待防止協会釧根支部総会があり、今年度は副代表として会の活動に参加させていただくことになりました。
  多くの人々と協働・連携しながら、この地域から虐待を無くし、子どもの最善の利益が図れるよう奮闘します。


2014年7月23日水曜日

講演予定等


4年生の皆さん、以下の状況からぼちぼち教採2次対策からフェイドアウトしていきます…。
我ながら、この多忙の中よく頑張った。
8月末まで倒れないように、なんとかもう一踏ん張り…。


【7~8月・講演予定】

 7/30(水) 釧路市立武佐小学校研修・講演 「インクルーシブ教育」
 8/ 1(金) 北海道寄宿舎教育研究会・講演 「障害者権利条約と寄宿舎実践」
 8/ 2(土) 釧路校オープンキャンパス・模擬授業
        「すべての子どもが参加する学級づくりを考える」
 8/ 3(日) 道教委主催、免許法認定講習 「重複障害児」
 8/ 8(金) 道教委主催、免許法認定講習 「病弱児」
 8/ 9(土) 道教委主催、免許法認定講習 「病弱児」
 8/31(日) 根室地方PTA研究大会・講演 「子どもの健やかな成長のために家庭でできること」
  ※この他に、「保育をよくする会」から講演の依頼があり日程を調整中。


【7~8月・大きな行事】

 7/24(木) 北海道こどもの虐待防止協会釧根支部総会
 7/25(金) 釧路市子ども・子育て会議
 7/30(水) 社会福祉法人はばたき理事会
 8/7(木)  中標津町きょうだいデイキャンプ・どら塾
 8/18-19(月-火) 標津町きょうだいキャンプ・ときわサマーキャンプ

2014年7月16日水曜日

今年もやります!! きょうだいキャンプ


 教育大釧路校と中標津町の団体、標津町の団体タイアップの事業。「きょうだいキャンプ」も今年で3年目。釧路校で担当する小渕・戸田は、各種研修講師の合間を縫って(本当に…合間)、やっとこ日程が確定しました。

 ●中標津町 どら塾 8/7(木) 中標津町中標津東小学校、道立夢の森公園
      釧根地区ADHD/LD/PDD懇話会中標津支部(通称:どらえもんくぶ)との共催

 ●標津町 ときわサマーキャンプ   8/18・19(月・火) 標津町文化センター、海の公園ほか
  標津町保護者ネットワーク「サロンときわ」との共催

 まだまだボラ募集中です。

 ボラ募集のチラシは こちら
 去年までの取組は こちら



 

2014年7月11日金曜日

小学校の廊下にて…


 「あっ、まただ。いっつも笑っている…」

 巡回相談で度々訪れる小学校の廊下で、6年生がそう言いながら私とすれ違う。私はしめしめと思う。
 本人は、「笑っている」ではなく「笑顔」のつもりなのだが、まぁよしとしよう。

 学校をまわり、地域をまわり、子どもに関係する施設をいくつかまわり、そこに居るおとなの子どもへのまなざしが、見守りではなく、監視に近いことに気づいた。子どもも敏感に、自分たちが監視されていることに気づいている。そして、それが複数の場、複数のおとなの目であることに、子どもたちは何を感じているだろう。

 第三者だから、直接的な責任を持たない立場だから…と言われるのを前提に、私は子どもを「見守る目」でかかわろうと決めた。君たちのまわりには、「こんなおとなもいるよ」とわかりやすく、見えるように示したい。
 多分、監視せざるを得ないおとなもつらいはず。おこがましいけれど「あんなかかわりもできるんだ」と、ちょこっと参考にしてもらえる姿勢を子どもの現場で表現したい。

 そして、研究者としては、おとなが監視の目を向けざるを得ない背景・本質は何かを問い、対峙していきたい。

 子どもとかかわると、素直に笑顔がでちゃう。楽しくなっちゃう。嬉しくなっちゃう…。
 そんなおとなの感情をみんなで取り戻さなければ…

2014年7月4日金曜日

迷いながら…


 「釧路の子どもたちの生活現実と安心できる居場所づくり」

 明後日、私が講演する演題である。主催者が決めて、私が了解した。
 2時間をどのように構成しようか。前々日になっても、まだ見えてこない。

 私にとっては、たいへん重たいテーマである。スクールカウンセラーとして、あるいは特別支援教育巡回相談員として、子どもたちと向き合えば向き合うほど、そこにある「現実」は私を苦しめる。
 いや、最も苦しいのは、私ではないのだが…。

 いつも迷いながら、悩みながら、子どもたちと向き合っている。
 
 子どもたちからは、「えーっ」て声がするかもしれない。


 そう、今日、あるいはこないだお話をした戸田先生は、顔には出さないけれど、言葉にはしないけれど、君と同じように悩んでいるんだよ。君と同じく、どうしたらいいかなんてわからないんだよ。
 だけど、そんなこと言ったら、君はもっと不安になるだろう。だから、「いわないだけ」。
 わかっているふりをして、「どーんとこーい」と堂々としているふりをして、実はぐらぐらと揺れている。君に「ぼちぼちね」なんて言いながら、実はその言葉を誰かに言ってほしいのは私自身かもしれない。
 君と一緒に揺れながら、一緒に悩みながら、そんな時間をちょっとだけともに過ごして、やっとこ「とりあえず」の方向性を考えている。
 この方向性も、もしかしたら間違っているかもしれない。でも、一緒に悩んだ君と私とで、「ちょっとだけ前に進んでみよう」という勇気がわいてくるんだ。またまた転んじゃったら、その時に一緒に考えればいい。
 こんな弱い私を、君は理解してくれるだろうか。また、おしゃべりに来てくれるだろうか…。


 私がアドバイスしたことが、本当に彼にとって「良いこと」なのか、実は私にもわからない。無理にアドバイスとやらをひねり出さず、大人に対しては「私にもわからない」と言う。大学の教員になったとき、「わからないことをわからないと言える教師になろう」と決めた。

 わからないまま、日々を過ごす。
 わからなくても、もやもやしていても、そこにつながる他者がいてくれた時、なんとかやっていけそう。明日も、明後日も、なんとかかんとかやっていこう…。




 

2014年7月1日火曜日

本日、7月1日


  子を持つ父親として
  教育に携わる教師の一人として
  「沈黙の共犯者」にはならない。

  誰もが安心して、健やかに暮らせる社会をつくる責任が
  主権者である私にある。

 平和な社会を子どもたちに残す責任が
  私たちにある。

  教師として、人との対話とそれに用いる言葉を大切にしたい。
  他者の言葉に耳を傾け、声なき声を聞き
  力ではなく、言葉によって他者にはたらきかける

   今日あらためて、肝に銘ずることとしたい。