2014年12月31日水曜日

仕事納め


 本日、2014.12.31。大晦日ですが、今日もかわらず大学に出勤して、普段できない雑用をこなしています。本当は、昨日で仕事納めのつもりが、なんとなく延びてしまいました。
 今年は、自分で言うのもなんですが、働きすぎました。疲労困憊の日々をなんとか自転車操業でこなしてきました。結果として、いろいろなことが「雑」になってしまったと反省しているところです。

 来年は、いくつかの役職・委員を「辞める」とすでに宣言し、少し身を軽くするつもりです。去年・今年と全然進まなかった研究・執筆活動と、学生の教育に精進いたします。
 今年も大変お世話になりました。来年もどうぞよろしくお願いいたします。

追伸
  この3年ほど、どなたにも年賀状を出しておりません。年末は、からだもこころも言うことを聞かず…失礼をお許しください。


※特別支援教育研究室のHPを開設しました――――――――――――――――――――――


 釧路校地域学校教育専攻では、20154月から「特別支援教育研究室」を新設します。

 これまで釧路校では、特別支援教育に特化した研究室はなく、学校教育学・教育心理学・臨床教育学の各研究室に所属する教員が特別支援学校免許の課程を担当していました。

 20154月からは、研究室を新設し、より専門的内容の研究・教育を行います。また、免許は特別支援学校教員免許(知的・肢体・病弱)を出せるよう、準備・調整中です。

 
 なお、学生募集・入試は、これまでどおり「地域学校教育専攻」で一括して行い、4月の入学以降に「研究室分属」を行います。


 研究・教育内容等を紹介するHPを新設しましたので、ご覧ください。
 
 特別支援教育研究室のHP   
http://gaku.kus.hokkyodai.ac.jp/tokusitop.html


http://gaku.kus.hokkyodai.ac.jp/tokusitop.html
 
 
 
 
 

2014年12月18日木曜日

応援します!! 根室管内に特別支援学校(分校・分教室)の設置を


 中標津町障害児者連絡協議会は、根室管内に義務教育段階の特別支援学校(分校・分教室)の設置を求めて署名活動を行っています。
 すでに、中標津町、標津町、別海町、羅臼町の町議会が、この趣旨に賛同する北海道への意見書を可決しています。
 
 

 子どもたちが、生まれた地域によって受けられる教育や福祉サービスに差(格差)が生じないように。私たちおとなの踏ん張りどこです。
 皆様の賛同・応援をお願いいたします。


――――――――――――――――――以下、中標津町障害児者連絡協議会の「呼びかけ文」

 障がいの程度が比較的重い子どもは、特別支援学校でその子の特性に合わせた手厚い教育を受けることが適当であると言われています。しかし、根室管内には「中標津高等養護学校」はありますが、義務教育段階の特別支援学校が設置されていません。そのため、知的発達障害の小・中学生は「釧路養護学校」、目の不自由な子どもは「帯広盲学校」、耳の不自由な子どもは「釧路鶴野支援学校」、肢体不自由の子どもは「白糠養護学校」あるいは「旭川養護学校」で教育を受けることになります。

 いずれの学校も根室管内各市町村からは遠距離であるため、それらの学校を選択した場合、子どもは寄宿舎での生活を余儀なくされています。そのため、自宅に帰って保護者や兄弟姉妹と過ごせるのは週末や長期休業のときだけ、と子どもは我慢しなくてはなりません。天候や親の就労の状況によっては、それすらもままならないことがあるのです。

 週明けと週末に各往復4~6時間の寄宿舎への送迎、子どもが病気になった場合の対応など、保護者の負担も大変なものですが、小さな子どもの心の辛さ悲しさは、容易に推し量れます。早期から専門的な治療教育が必要とされている、目や耳の不自由な子どもたちは、そういった生活を3歳から余儀なくされている場合もあります。 障がいのあるなしに関わらず、子どもがより良く、豊かに育つためには、温かい家庭と子どもに合った学校の両方が必要なのは当然のことです。障がいがあればなおさらです。それゆえ、私たちは、義務教育段階の支援学校こそ、身近な地域にあるべきだと考えます。

 20141月に日本政府が批准した障害者権利条約(2006年国連で採択)では、「他の者との平等を基礎に」=障がいをもたないものとの平等性および合理的配慮が述べられています。また、北海道教育委員会『特別支援教育に関する基本方針(改定原案)』には「できる限り身近な地域において」「分教室」などの記述があります。これらを鑑み、障がいのある子どもも他の子どもたちと同じように、家庭で過ごし、家から通える義務教育段階の支援学校(分校・分教室)の設置を私たちは要望します。文部科学省がすすめている「特別支援教育」で述べられている、障がい種別を越えた(知的発達障害の子も、肢体不自由の子も、耳の不自由な子も、目の不自由な子も、その他の障がいの子も一緒に通える)特別支援学校(分校・分教室)を根室管内に設置していただくよう、北海道に切に求めます。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

署名用紙 PDF へリンク




2014年11月8日土曜日

鬼の攪乱?


 風邪症状になってから、3週間が経った。途中、「治った」と勝手に判断したのがいけなかったのか。いまも咳が続いている。
 昨日は、普段ないことだが、のど飴を舐め水を飲みながら、3コマ連続の授業(教職実践演習)をしゃべりきった。からだはだるいが、頭がなんとか働いてくれていることだけが救いだ。

 教職実践演習。受講者は、「特別支援の免許を取らない人」に限定させていただいた。結果、ほとんどが、4年次後期にしてトダの講義をはじめて受ける学生。学年の3分1を占める70名弱が受講してくれた。関心の高さは率直に嬉しい。
 多くが、半年も経たないうちに学校現場に出る。SCや特別支援教育巡回相談員として、彼らと協働する日が来るかもしれない。そんな将来の仲間へのメッセージとして、この演習をまとめたかった。一人で抱え込まないでね、頼れる仲間が近くにいるよ、頭を悩ませるならみんなでね…。そんなトダからの言葉は、感想を読むと少しは届いたようで一安心。
 希望を持って教職に就く彼らに、「明るく、楽しい話」ばかりできない現実に、私たち大人の責任を痛感しながらの授業だった。

 この週末は、釧路鶴野支援学校第1回の学習発表会を参観後、札幌へ出かけて研究会。遠出はからだもこころもしんどいが、「実践者が語る子どもの話」を聞けるのはとても楽しい。
 そして、週の半ばには、釧路養護学校での公開研。授業後の分科会では、小学部で助言者。助言者というのは荷が重いけれど、実践をみんなでワイワイ語り合う、その仲間に入れてもらえることが嬉しい。

 仕事のピークは続き、家族からは「あんたの仕事はいつもピークじゃん」と突っ込まれる。たしかに、一山登ると、その先もまたまた高い山が続いていた?…という日々。それでも、人とふれあえる、実践にふれる時間があるから、まだなんとかやっていけそうです。

 (と…仕事におわれる深夜、自身に言い聞かせるために書いたブログでした)

2014年11月1日土曜日

とうとう11月


 今日から11月ですね。ここから、年末まで怒涛の日々が続きます。
 先月に続き、今月も休日はほとんどなく働きます(多分、休日は3日・月のみ)。風邪気味だけど休めない…。ちょっとだけつらいです。
 最近、あちらこちらで「子育て」を語らせていただきながら、「自分ちの子育てはどうなっているの!?」という、誰からでもない「自身の内なる声」が聞こえてきます。
 3日は、釧路芸術館で行われているやなせたかし展 にでも行きたいと思います。子どもより、私の方が楽しみだったりして…。

 10月は大きな講演を3つほどお受けして、またそれぞれテーマが違っていて、通常業務の中準備が大変でした。聞こえてくる感想はさまざまですが、「いまの私」が持っているものは出させていただいたと思っています。
 お聞きいただいたみなさん、どうか批判的な検討をお願いします。

 今月、いくつかの学校にカンファレンス、研修等でお伺いいたします。
 私が一方的に何かを話す(助言?)というよりは、参加者みんなで頭を突き合わせて、「ああじゃないか、こうじゃないか…」と語り合うカンファレンスを目指しています。
 だって、短時間しか伺えない(限られた時間しか子どもを見れない)私よりも、日常的に長い時間をともにし、かかわり、声を聴きている先生方の方が絶対、子どものことを深くとらえているはずです。それも一人ではなく、複数の先生の目となったら、これはもう百人力。

 先生方の気づきを促し、「これでよかったんだ…」と思っていただけるようお手伝いすることが、私の仕事です。
 良い意味で、いろいろな巡回相談員、カウンセラーがいますが、「私の姿勢」は上記のとおりです。
 今月も、どうぞよろしくお願いいたします。

 それでは、釧路養護学校の学習発表会、その後「へき地校体験実習」終了の引っ越しで弟子屈町へ出かけてきます。


 

2014年10月19日日曜日

嬉しいニュース


 
 道新でも報道されましたが、北海道釧路鶴野支援学校前の道路の法定速度が、50キロから40キロに下げられました。
 この件は、同校の開校前から、旧釧路聾学校の学校評議会や道教委主催開校説明会等でお願いしてきました。
 乳幼児相談から幼稚部、そして高等部に至るまでの幼児児童生徒が、毎日通う道路です。
 自分もこの道を通ることがあるのですが、白糠からのバイパスに繋がる道路であり、交通量が多く、速度超過の車も多いのが現実です。

 法定速度が下げられたこの後は、運転者の心がけ次第。
 子どもを大切にする社会でありたいと願います。
 

 子どものために…と声を上げたことが、多くの人との共同の中で実現する。
 忙しくてしんどいことが多い昨今、とても嬉しいニュースでした。

すべての子どもにひとしく
 教育を保障する学校をつくろう。
学校に子どもを合わせるのではなく、
 子どもにあった学校をつくろう。
学校くりは箱づくりではない
 民主的な地域づくりである。

↑ 京都府立与謝の海養護学校「教育実践の基本理念」(1969年)




北海道釧路鶴野支援学校 http://www.tsurunoshien.hokkaido-c.ed.jp/

2014年10月1日水曜日

虐待防止協会釧根支部第1回学習会 10.7(火) 教育大

 
1.日 時  2014年10月7日(火) 19:00~21:00 
2.会 場  北海道教育大学釧路校 301講義室
        釧路市城山1-15-55 
3.演 題  スクールソーシャルワーカーの現状と子どもへの支援について
4.講 師  小 林 久 美 氏 (釧路市教育委員会スクールソーシャルワーカー)
5.参加費  300円
       参加の申し込みは必要ありません。直接会場にお越しください。
 

2014年9月23日火曜日

【業務連絡】 学校教育学研究室1年生合宿研修

学校教育学研究室1年生合宿研修【予定表】
  全国障害者問題研究会北海道支部第36回夏期学習会への参加

日時 2014927()28()  
 
場所 帯広市とかちプラザ(講演、分科会等)/帯広の森研修センター(宿泊)

 

【日程】

●9/27()

13:00 とかちプラザ2階 レインボーホール 
    開会式・記念講演・シンポジウム・特別講演  

18:00  特別講演終了後、帯広の森研修センターへ移動(1階玄関前に集合・タクシー移動)

19:00 食事。休憩 

20:00  研修・振り返り/懇親会。

21:00 終了
 

●9/28()
 
 7:30 朝食。

 8:30 とかちプラザへ移動(タクシー移動)。 

 9:3015:00 各自、分科会参加。

 
【持ち物等】
 筆記用具、洗面具、タオル、シャンプー、寝巻き等。


帯広の森研修センターHP

http://obihiro-foundation.jp/shisetsu/mori/kenshu

 

2014年9月17日水曜日

釧路の子どもの現状をリアルに見つめる…シンポジウム


 戸田が実行委員として参加し、シンポジウムのコーディネーターを担います。


―以下、概略

   
釧路合同教育研究集会

●日時 2014年9月20日(土) 13時~
●場所 釧路市生涯学習センター まなぼっと幣舞 705号室

13時~「テーマ討論」

●釧路の子どもの現状をリアルに見つめる
 ―私たちおとなは、釧路の子どもの生活現実にどう向き合うか―

<話題提供>
 ・NPO法人駆け込みシェルター釧路 副理事長 後藤哲子氏
 ・釧路市健康推進課・保健相談主幹 佐藤千代子氏
 ・北海道教育大学釧路校・講師 木戸口正宏氏
<コーディネーター>
 ・北海道教育大学釧路校・講師 戸田竜也


15時~「講演」


●希望を育てる社会力
 ~教育行政と家庭と学校が共に力を合わせて~

<講師>
 ・茨城県美浦村教育長・筑波大学名誉教授 門脇厚司氏


 講師略歴等は→ こちら

 参加費無料。
 事前申し込みなし。直接会場へお越しください。

 今日、子どもの教育(とりわけ学力)について、多様な議論が行われています。
 私たちは、そのような議論を進めるにあたり、まず釧路の子どもの実態の深く掘り下げて理解することが必要だと考えています。
 今回、市内の子どもにかかわる専門家とともに、道外から教育にかかわる研究者をお招きし、この釧路で子どもが日々健やかに育ち、将来に希望を持って学ぶ教育の創造を、多くの市民とともに考えたいと思います。

 

 主催 釧路合同教育研究集会実行委員会
  問い合わせ 0154-51-0476


2014年8月20日水曜日

2つのキャンプが無事終了しました


 自己研鑽のため、札幌に来ています。昨日は、朝3時半から、子どもたちと海釣りに出かけた(引率せざるをえなかった…)ため、少々寝不足を重ねています。

 昨日で、標津町での「ときわサマーキャンプ」が終了し、中標津町で行った「どら塾」と合わせ、ともに3回目を迎えた夏の2つのキャンプが終了しました。

 キャンプに参加してくれた子どもたちは合わせて50名を超えました。ボランティアで参加した教育大釧路校の学生も50名超。そして、陰日向でご協力をいただいた保護者、学校関係者、教育委員会、福祉機関等の方々は数知れず。ほんとうにたくさんの方々に支えられて、2つのキャンプが実施できたことに感謝いたします。

 参加した学生たちもたくさんのことを学んだと思います。今後、いっしょに振り返りを行いながら、学びを深めていきたいと思います。

 今後、HP等で2つのキャンプの様子をお知らせしていきます。


2014年8月13日水曜日

本日、釧路新聞に「どら塾」の記事が掲載されました


 8/7(木)小雨の中、中標津町教育委員会後援のもと、第3回どら塾が開催されました。主催は、釧根地区ADHD・LD・PDD懇話会中標津支部(通称:どらえもんくらぶ)、教育大釧路校が参加・協力して3回目となります。

 その時の記事が、本日(2014.8.13)釧路新聞 12面に掲載されました。

 多分、私より若いであろう記者さんは、丁寧に私たちの話を聞いてくださり、参加した子ども
や学生ボランティアにも取材してくださいました。また最後には、参加した子どもの求めに応じ、一緒に自転車にも乗ってくださいました。感謝です。

 
 
 
 
 
 次は、8/18-19に行われる標津町での1泊2日のキャンプ、ときわサマーキャンプです。
 こちらは、子どもが32名。学生も同数。どうなることか…とても楽しみです。
 
 第1回どら塾、ときわサマーキャンプ(3年前のもの)の実践報告をアップしました。
 → こちらから (PDFです)
 
 
 
 
 
 
 
 

2014年8月11日月曜日

【業務連絡】標津町きょうだいキャンプ ときわサマーキャンプ ボラの皆さんへ


ときわサマーキャンプ(標津町)参加の皆さんへ

 
【日時】8/18(月) 9時00分までに大学玄関前に集合してください。終了後の大学解散は、翌日15時の予定です。
【持ち物】1日寝泊りをするために必要な道具。筆記用具、上靴。寝袋は大学で準備しますが、数に限りがあるため、「寝袋を持っている人」は持参してください。一部、プールに入りたい子どもがおり、「水着を持っている人」は持参してください。
 
お金は一切必要ありませんが、飲み物等を買う場合にはその分程度を持参してください。

【服装】動きやすい服装で来てください。
その他、子どもの対応等については、当日現地で打ち合わせを行います。
(子ども1人に対し、学生1人または2人で担当していただきます)

 
※体調不良等で急な欠席は、戸田携帯に連絡するか、同じく参加する友人にその旨伝言してください。
 
プログラム
 
 
18日(月)
 9:00 大学前集合、出発
 11:00 標津町文化会館
        打ち合わせ、昼食…
 14:00  子どもたち集合。レクスタート
     プール、海の公園、サーモンパーク、散策ほか
 18:00 夕食
 20:00 花火

19日(火)
 10:00  子どもたち解散
        後片付け
 15:00  大学解散
  

去年までのキャンプの様子は  こちら

 


2014年8月7日木曜日

予定通り実施!! どら塾


 今日こそは、天気予報を信じよう。
 中標津は、一時雨が上がる。

 夢の森公園で思いっきり遊ぼう!!

 ボランティアの皆さんは、予定どおり集合してください。

2014年8月6日水曜日

本日の北海道新聞にコメントが掲載されました…


 2014.8.6 北海道新聞 31面(第3社会面)に

 「心理的虐待」5割 昨年度道内児相 親のDV目撃

 という記事において、私のコメントが掲載されました。
 取材中、「より専門家をご紹介した方が良いのではないか…」とも思ったのですが、私見を述べさせていただきました。
 いろいろお話した中で、「記者さんが大事だと思われたところ」をコメントとして掲載していただきました。
 いつも限られた文字数の中でまとめていただく記者さんのご苦労には頭が下がります。



2014年8月4日月曜日

【業務連絡】きょうだいデイキャンプ「どら塾」参加の皆さんへ


 きょうだいデイキャンプ「どら塾」(中標津町)参加の皆さんへ

 
【日時】8/7() 745分までに大学玄関前に集合してください。終了後の大学解散は17時の予定です。

【持ち物】筆記用具、上靴、汗を拭くタオル、水遊びをする場合があり…サンダル等があれば便利。お金は一切必要ありませんが、飲み物等を買う場合にはその分程度を持参してください。

【服装】動きやすい服装で来てください。子どもたちと体育館または公園で遊びます。

その他、子どもの対応等については、当日バスの中で打ち合わせを行います。
(子ども1人に対し、学生1人または2人で担当していただきます)

 
※体調不良等で急な欠席は、戸田携帯に連絡するか、同じく参加する友人にその旨伝言してください。

 
プログラム

 7:45 大学前集合、出発
 10:00 中標津東小到着。子どもたちと宿題等。
 12:00  昼食、ジンギスカン
 13:00 道立夢の森公園であそび
 17:00 大学前解散

 

去年までのキャンプの様子は  こちら
 
 

2014年7月24日木曜日

虐待防止


  本日、北海道こどもの虐待防止協会釧根支部総会があり、今年度は副代表として会の活動に参加させていただくことになりました。
  多くの人々と協働・連携しながら、この地域から虐待を無くし、子どもの最善の利益が図れるよう奮闘します。


2014年7月23日水曜日

講演予定等


4年生の皆さん、以下の状況からぼちぼち教採2次対策からフェイドアウトしていきます…。
我ながら、この多忙の中よく頑張った。
8月末まで倒れないように、なんとかもう一踏ん張り…。


【7~8月・講演予定】

 7/30(水) 釧路市立武佐小学校研修・講演 「インクルーシブ教育」
 8/ 1(金) 北海道寄宿舎教育研究会・講演 「障害者権利条約と寄宿舎実践」
 8/ 2(土) 釧路校オープンキャンパス・模擬授業
        「すべての子どもが参加する学級づくりを考える」
 8/ 3(日) 道教委主催、免許法認定講習 「重複障害児」
 8/ 8(金) 道教委主催、免許法認定講習 「病弱児」
 8/ 9(土) 道教委主催、免許法認定講習 「病弱児」
 8/31(日) 根室地方PTA研究大会・講演 「子どもの健やかな成長のために家庭でできること」
  ※この他に、「保育をよくする会」から講演の依頼があり日程を調整中。


【7~8月・大きな行事】

 7/24(木) 北海道こどもの虐待防止協会釧根支部総会
 7/25(金) 釧路市子ども・子育て会議
 7/30(水) 社会福祉法人はばたき理事会
 8/7(木)  中標津町きょうだいデイキャンプ・どら塾
 8/18-19(月-火) 標津町きょうだいキャンプ・ときわサマーキャンプ

2014年7月16日水曜日

今年もやります!! きょうだいキャンプ


 教育大釧路校と中標津町の団体、標津町の団体タイアップの事業。「きょうだいキャンプ」も今年で3年目。釧路校で担当する小渕・戸田は、各種研修講師の合間を縫って(本当に…合間)、やっとこ日程が確定しました。

 ●中標津町 どら塾 8/7(木) 中標津町中標津東小学校、道立夢の森公園
      釧根地区ADHD/LD/PDD懇話会中標津支部(通称:どらえもんくぶ)との共催

 ●標津町 ときわサマーキャンプ   8/18・19(月・火) 標津町文化センター、海の公園ほか
  標津町保護者ネットワーク「サロンときわ」との共催

 まだまだボラ募集中です。

 ボラ募集のチラシは こちら
 去年までの取組は こちら



 

2014年7月11日金曜日

小学校の廊下にて…


 「あっ、まただ。いっつも笑っている…」

 巡回相談で度々訪れる小学校の廊下で、6年生がそう言いながら私とすれ違う。私はしめしめと思う。
 本人は、「笑っている」ではなく「笑顔」のつもりなのだが、まぁよしとしよう。

 学校をまわり、地域をまわり、子どもに関係する施設をいくつかまわり、そこに居るおとなの子どもへのまなざしが、見守りではなく、監視に近いことに気づいた。子どもも敏感に、自分たちが監視されていることに気づいている。そして、それが複数の場、複数のおとなの目であることに、子どもたちは何を感じているだろう。

 第三者だから、直接的な責任を持たない立場だから…と言われるのを前提に、私は子どもを「見守る目」でかかわろうと決めた。君たちのまわりには、「こんなおとなもいるよ」とわかりやすく、見えるように示したい。
 多分、監視せざるを得ないおとなもつらいはず。おこがましいけれど「あんなかかわりもできるんだ」と、ちょこっと参考にしてもらえる姿勢を子どもの現場で表現したい。

 そして、研究者としては、おとなが監視の目を向けざるを得ない背景・本質は何かを問い、対峙していきたい。

 子どもとかかわると、素直に笑顔がでちゃう。楽しくなっちゃう。嬉しくなっちゃう…。
 そんなおとなの感情をみんなで取り戻さなければ…

2014年7月4日金曜日

迷いながら…


 「釧路の子どもたちの生活現実と安心できる居場所づくり」

 明後日、私が講演する演題である。主催者が決めて、私が了解した。
 2時間をどのように構成しようか。前々日になっても、まだ見えてこない。

 私にとっては、たいへん重たいテーマである。スクールカウンセラーとして、あるいは特別支援教育巡回相談員として、子どもたちと向き合えば向き合うほど、そこにある「現実」は私を苦しめる。
 いや、最も苦しいのは、私ではないのだが…。

 いつも迷いながら、悩みながら、子どもたちと向き合っている。
 
 子どもたちからは、「えーっ」て声がするかもしれない。


 そう、今日、あるいはこないだお話をした戸田先生は、顔には出さないけれど、言葉にはしないけれど、君と同じように悩んでいるんだよ。君と同じく、どうしたらいいかなんてわからないんだよ。
 だけど、そんなこと言ったら、君はもっと不安になるだろう。だから、「いわないだけ」。
 わかっているふりをして、「どーんとこーい」と堂々としているふりをして、実はぐらぐらと揺れている。君に「ぼちぼちね」なんて言いながら、実はその言葉を誰かに言ってほしいのは私自身かもしれない。
 君と一緒に揺れながら、一緒に悩みながら、そんな時間をちょっとだけともに過ごして、やっとこ「とりあえず」の方向性を考えている。
 この方向性も、もしかしたら間違っているかもしれない。でも、一緒に悩んだ君と私とで、「ちょっとだけ前に進んでみよう」という勇気がわいてくるんだ。またまた転んじゃったら、その時に一緒に考えればいい。
 こんな弱い私を、君は理解してくれるだろうか。また、おしゃべりに来てくれるだろうか…。


 私がアドバイスしたことが、本当に彼にとって「良いこと」なのか、実は私にもわからない。無理にアドバイスとやらをひねり出さず、大人に対しては「私にもわからない」と言う。大学の教員になったとき、「わからないことをわからないと言える教師になろう」と決めた。

 わからないまま、日々を過ごす。
 わからなくても、もやもやしていても、そこにつながる他者がいてくれた時、なんとかやっていけそう。明日も、明後日も、なんとかかんとかやっていこう…。




 

2014年7月1日火曜日

本日、7月1日


  子を持つ父親として
  教育に携わる教師の一人として
  「沈黙の共犯者」にはならない。

  誰もが安心して、健やかに暮らせる社会をつくる責任が
  主権者である私にある。

 平和な社会を子どもたちに残す責任が
  私たちにある。

  教師として、人との対話とそれに用いる言葉を大切にしたい。
  他者の言葉に耳を傾け、声なき声を聞き
  力ではなく、言葉によって他者にはたらきかける

   今日あらためて、肝に銘ずることとしたい。


2014年6月26日木曜日

学習会のお知らせ

スクール・ソーシャルワーカーってなあに?
― 子どもの悩みに寄り添って ―

●日時 6月29日(日) 14時30分~16時00分
●会場 釧路市生涯学習センター・まなぼっと幣舞705・706号室
●講師  小林久美氏 (釧路市教育委員会スクール・ソーシャルワーカー)
●参加費  200円(資料代として)
 ※申し込みの必要はありません。

「スクール・ソーシャルワーカー」(SSW)という言葉を聞いたことがありますか?
 SSWは、子どもの不登校や虐待などの問題を、家庭に寄り添って、学校や専門機関などと連携・協働して解決を目指す専門職です。
 小林氏が関わった事例を通して、釧路の子どもたちが健やかに育つために、ともに考えあう機会にしていきたいと思います。


2014年5月7日水曜日

お久しぶりの更新です…


 この間、膨大な業務量をこなしていたため…、ブログの更新が滞っておりました。

 更新しない間に、卒業生を出し、新入生を受け入れ、副学長補佐の他委員会業務を担い…
 いろいろなことがありました。

 でも、なんとかかんとか仕事をしています。この連休は、子どもの日の1日だけ休んで、家庭サービスをしました。

 こんな状況ですので、講演依頼をお断りしたり、お返事しなければいけないものを滞らせていたり…本当に申し訳ありません。

 順次対応していきますので、いましばらくお時間をください。

 明日は大きな講義が2つ続きます。これから確認、準備です。
 
 なんとなく、近況報告でした。

2014年3月2日日曜日

北海道子どもの虐待防止協会釧根支部、第4回学習会

 
 
北海道子どもの虐待防止協会釧根支部、第4回学習会
 
日時 2014.3.8(土) 15:00~16:45
会場 釧路市生涯学習センターまなぼっと幣舞 704学習室
参加費 300円
 
※申し込みは不要です。直接会場にお越しください。
 


2014年2月19日水曜日

研究室のHPを新設


 約6年あまりにわたって放置していた研究室のホームページを更新(ほぼ新設)しました。

 研究・教育・社会活動等、一通り網羅して紹介しています。

 こちらもご覧ください。


 → 北海道教育大学釧路校 戸田研究室HP



2014年2月13日木曜日

聴覚障害学生の支援


 今日から、本当~に久しぶりの札幌出張。この数カ月、とにかく忙しくて釧路を離れられず…。
 今回の出張の内容は、聴覚障害学生への支援にかかわる研修会です。
 この件については、若干思い入れがあります。それは、私が学生時代に、聴覚障害のある友達とゼミをともにしたからです。

 以前(2001年)に、学生向けに書いたエッセーを再掲します。


1.レオくんがゼミに参加して

 98年度、私がゼミ長をする日本福祉大学障害児教育ゼミには、聴覚に障害をもつレオくんが参加することになりました。レオくんは、手話、または口話を用いて他者とのコミュニケーションをとっており、講義には要約筆記(以下、ノートテイク)を友人に頼んで参加しているとのこと。そのようなレオくんが参加してゼミ運営をどのように進めていくのかについて、年度の初めにあるゼミ合宿において議論し、学習することになりました。

 ゼミ生で話し合った結果、合宿中にレオくんからノートテイクの方法・技術について学び、ゼミ生が交代しながらそれを担当していくことになりました。合宿では、ノートテイクを初めて経験する学生、またレオくんに配慮せずに早口で発言する学生も多かったのですが、23日の合宿中に交流を図る中で、ゼミにおいてレオくんを含めた全員が情報を共有していく(情報の保障)ことへの理解が深められていきました。

 しかし、実際にゼミ活動を進めていく中で、様々な壁にぶつかりました。学生によってノートテイクの技術に差があること、筆記の速度が遅いと情報の伝達に時間差が生じてしまうこと、それによってレオくんが理解し発言を検討する前にどんどん次の内容へと進んでしまうこと、ノートテイクをしている学生はゼミへの参加が制限されてしまうことなど、いろいろな問題点が出てきました。

 特に、この「時間差」には大きな問題があります。私たちも経験がありますが、「何かの話題でみんなが笑っている。でも、自分にはなぜみんなが笑っているかわからない」。これは大変つらいことです。その場の笑の輪の中には自分一人が参加できない。そして、ノートテイクをする者も、そのみんなが笑った内容を文面でどのように伝えるのか、大変難しいものがあります。

 このように、レオくんからゼミ生に伝えたいこと、私たちからレオくんに伝えたいことが、スムーズに伝達、交換できない、場合によって時間差だけではなく、誤解されて情報が伝わってしまうなどコミュニケーションの難しさを経験しました。何か問題が出てくる度にみんなで考え、議論していくのですが、それらを解決する明快な答えはなかなか導き出せませんでした。

 ゼミ内だけでの問題解決に限界を感じ、この年から開設された障害学生支援センターへ何らかの協力をしてくれるようはたらきかけを行いました。その成果もあって、後期からゼミには、学内の登録ボランティアで、県の手話通訳者(夜間部学生)でもある方が派遣されるようになりました。

 しかし、レオくんから、新たな問題提起がされました。「みんなが、ぼくに向かってではなく、手話通訳者に向かって話している。気持ちが伝わってこない」というのです。

 情報の保障という面では改善されましたが、ゼミ内でのコミュニケーションという面においては、私たちにはまったく気づかない難しい問題があったようです。

 
2.レオくんとのプライベート

 私はゼミ内での数少ない男性どうしということもあって、レオくんと大変仲良くなっていきました。多くの時間を彼と過ごしました。

 私は聴覚に障害をもつ知り合いが多いのですが、手話はできません。ですので、レオくんとのコミュニケーション手段は、筆談、口話と少しずつ覚えた手話、私たちだけの理解できる(私たちが開発した)手話などでした。

 私も彼も議論が好きで、夜な夜な彼の家で、福祉のこと、障害者のこと、女性のことなどを語りあいました。出会ったはじめの頃は、レオくんも私の口話に慣れていないので、なかなか読みとれず何回も聞き返しては疲れている様子。私も自分の思いがなかなか伝わらないのでやはり疲れます。しかし、しだいに彼は私の口話を読めるようになり、私も彼との交流の中から手話を覚えてきたので、コミュニケーションがスムーズになってきます。私たちならではの手話表現も出てきて、コミュニケーションが楽しくなっていきました。そして、おかしな話なのですが、人の話を私が口話で通訳するという状況もでてきました。コンパの席など、いつも私が意識的に彼の近くに座り、口話での通訳をしました。(レオくんにその意識があったかどうかはさだかではないが)

 ゼミでバレーボール大会に参加した後の打ち上げの席でのことです。酒もまわり、盛り上がってきた頃、レオくんは突然その家にあった漫画の本を読み出しました。私もみんなで話しているのにおかしな奴だと思ったのですが、ある一人が「みんなで楽しく話しているのだから、漫画なんか読むなよ」と彼に言ったのです。レオくんはそれを謝りながら、「でもみんなの話しにぜんぜんついていけなくて、ついていこうと頑張っているんだけど、すごく疲れるんだよね」」と言いました。また、コンパではこんなこともありました。レオくんがコンパの席で元気に仕切ることが多かったので、私は彼の明るい性格ゆえと考えていたのですが、何か際にそのことに触れて、「自分が仕切っていると、みんなが自分のペースにあわせてくれる。自分の文脈で参加することができる。だからちょっと無理してあんなに仕切っているんだよ」と言いました・私には想像のつかないことでした。

 
3.レオくんと離れて

 現在のレオくんと私とのコミュニケーションの方法はファックスが中心です。近況の報告をしあいます。でも時々、彼からの留守電もあります。「留守電のピーという発信音」だけは聞こえるのだそうです。そのレオくんの留守電メッセージは仲間内の評判がよいため、彼は自身をつけ、頻繁にあちらこちらに電話をしているようです。

 4年生となった彼は就職活動の真っ最中。福祉現場での就職を希望しています。以前彼は就職について、こんな悩みを語っていました。

 知的障害者施設で実習をした時に、入所者がレオくんに何かを伝えている。しかし、レオくんは一生懸命理解しようとするが、その入所者の言っていることが全くわからない。後で、職員にその内容を聞いたら、入所者はトイレに行きたい旨を伝えていたそうです。「あの入所者の言いたかったことが、命に関わることだったら・・・」と彼は言います。


――――――――――――
 そんなレオくんは、「NHK 福祉ネットワーク」で2日間にわたり紹介されました。
 現在は、聾重複障害者施設で管理者として勤めていること。一方で、家庭では一児(現在は2人)の父親として奮闘していることなど、全国に放送されました。

 http://www.n-fukushi.ac.jp/news/11/111004/11100401.html

 

2014年2月7日金曜日

世迷い言


 私が生まれたころ、日吉ミミが「世迷い言」という歌をうたっていた。作詞・阿久悠、作曲・中島みゆき。私はテレビドラマの再放送で、主題歌だったこの曲を聴いた。そして、後に中島みゆきのアルバムで、中島がカバーした曲を聴く。

 ふられるときまって風邪をひく…

 こんな「○○だと……する」といった体調にかかわる因果関係(!?)は、実は私にもある。しかし残念ながら、恋愛に関することではない。
 「原稿(論文)を書きだすと胃が痛くなる…」。今まさに胃の痛い日々であり、今後これがしばらく続く見通しである。なんとも自分には不向きなことを生業にしてしまったものだ。
 そして胃が痛くなると、きまってわが地元、釧路市城山商店街を思い出す。(…なぜ、突然商店街の話になるのかわからない方が多いと思うが、私の中ではちゃんとシナプスでつながっている。)
 
 高校時代、私は教育大学に近い材木町の下宿から学校に通っていた。その3年間のうちに2回ほど胃カメラを飲んだ。いまはフィットネスクラブの駐車場になってしまったところだが、当時胃腸科を標榜する医院がそこに、城山商店街にあった。
 胃カメラは本当に苦痛だったのだが、実は高校生の私には一つのステータスでもあった。胃を痛めるくらいまじめな、一所懸命な自分…。そんな自分を演出していたような気がする(痛いことには間違いないのだが…)。

 当時、城山商店街には、店がたくさんあった。
 私が住んでいた下宿屋は日曜日は食事がなく、 仲間といっしょに商店街のどの店で食事をするかが、一つの楽しみであった。レストランでのスパゲティ、立ち食いそば、喫茶店でのカレー…、。
 今、学生たちがアルバイト等でもお世話になっている二つのコンビニも、当時はどちらも食品を扱う商店だった。私は下宿屋に近いお店をよく利用した。卒業の時、引っ越し荷物をそのお店から送ると、「あなた、まだ高校生だったんだ…」と驚かれた。当時から老け顔だったらしい。
 今はやめてしまった金物店のご主人には、ボランティアサークル「微・すけっと隊」に誘ってもらい、釧路養護学校をはじめとする子どもたちとのレクリレェーションに参加する機会を得た。
 今も現役ばりばりの床屋さんには、3年間通った。とにかくおじさんとたくさんおしゃべりをした。水産・炭鉱が盛んな頃の釧路のにぎわい、仕事が忙しかったこと、お孫さんのこと…。おじさんは十勝の生まれで、十勝空襲のことも話してくれた。

城山商店街のみなさんで担っている「もしりや子ども神輿」


 …
 先日、副学長補佐として、大学が大津波警報時の緊急避難施設に指定されたことに伴う、近隣住民への説明会を担当した。事前の広報から当日の運営まで、商店街や町内会の方たちのご意見を伺いながら、進めさせていただいた。

 その説明会の会場には、高校時代からお世話になっている城山・材木町・大川町のみなさんが、たくさんいらしていた。「足が悪い高齢者をどう避難誘導するのか…」など、たくさんの質問・意見を出していただいた。

 個人として、また地元に根付く大学の教員の一人として、この地域にどんな恩返しができるのか…。胃の痛みがそんなことも考えさせる。

 
4月になると毎年掲示していただく看板


2014年2月1日土曜日

【本日放送!!】福島をずっと見ているTV(Eテレ)

 

 トップの発言も、私が通勤時によく聴くラジオから(結果として)研究者が排除されたことについても、首をかしげることは多い。この二つは、同根である。




 組織を人になぞらえ、人格としてとらえるまでもなく、組織はネガティブな面ばかりではない。たとえ、ネガティブな面が大きくても、その内部には私と同じように「自己変革の願い」があり、発達要求が隠されているはずである。某組織も、私が所属しているいくつかの組織も、そうであることを信じたい。
 数々の矛盾は、発達、変革の原動力になっていく。

 
 そして、人と同様にたくさんのポジティブな面もある。最近の個人的なヒットは、美輪明宏が出演した「SONGS」(2013.9.21放送) である。反戦歌「悪魔」「亡霊達の行進」を冒頭から続けて歌い、若者たちと対話をする。
 彼の著書『戦争と平和 愛のメッセージ』(岩波書店)に記された内容を、彼の歌と生の声で聴くことができる番組だった。

 「戦争とは、あなたの愛する人が死ぬということです。理不尽で悲惨なことばかり、それが戦争です。今、またそれを始めようとする悪魔が迫っています…」

 この言葉は、戦争体験がなく、また想像力を奪われている私の心に大きく響く。


 さて、話をNHKに戻して(?)…リテラシーをはたらかせることを前提として、私がお奨めする番組を紹介する。

 【本日2014.2.1 放送】

 
 福島をずっと見ているTV(Eテレ)

 
●午後324分~午後350
  vol.32「箭内さん、原発へ行く」(前編)【再放送】
 
   番組MC箭内道彦さんが、福島第一原発に行くことになった。初めて入った原発構内で、箭内さんは何に注目し、何を感じたのか?箭内さんが撮影した写真とともに振り返る。

●深夜0時~ (2/2)
  vol.33「箭内さん、原発へ行く」(後編)

  前回、福島第一原発で黙々と働く作業員の姿を目の当たりにした箭内さん。彼らはどんな思いを抱えて作業にあたっているのか?今回、原発作業員の生の声に耳を傾ける。



 私は、12年3月、13年3月の2回にわたり、岩手・宮城・福島を歩いた。2013.3.25、私は、福島県いわき市からレンタカーで国道6号を北上し、警戒区域が再編されたばかりの福島県富岡町に入った。




 JR富岡駅前は、時が止まったかのよう…



 国道6号を北上中は、原発で作業する人たちを乗せたバスとひっきりなしにすれ違った。
 シートにもたれかかるようにして座る作業員の姿が印象的だった。
 
 
 実は、知らなかった。事故前から、ある特定の人々の健康被害(被ばく)を前提として、原発が動き、私たちが電気を得ているということを。
 
 
 
 
 
つづく…


【リンク】 福島をずっと見ているTV(Eテレ)


2014年1月24日金曜日

君が僕を知ってる



 頭クラクラ、体フラフラ… 多忙な日々を過ごしています。昨日は分刻みで業務が入り、授業が終わったら市内を東へ西へ。中学校と保育園をまわってきました。
 最近は、研究室に備蓄しているお菓子を食べる暇(気分)もない程。中性脂肪のおなかが少しへこんだような気がします。

 大学玄関の解錠に合わせて、暗いうちから出勤するようになって数ヶ月。出勤後は研究室のブラインドを空けて、太陽を浴びて仕事をするように心がけています。私のような当事者には、おひさまの光が大切だとのこと。朝はレイチャールズをBGMに、たまった事務仕事を片付けることから1日がスタートします。
 寒さは厳しいですが、日の出の時間が早まっていることを実感します。

 書きたいことは山ほどありますが、今日は簡単に業務連絡まで。

 昨日(23日)、「障害児支援法Ⅰ」の授業で、久しぶりに歌をうたいました。自閉症児のアタッチメント形成、心理的拠点(「安全基地」がわかりやすいが、「基地」という言葉を使うことに抵抗がある)の話から、忌野清志郎「君が僕を知ってる」へ。ワンコーラスでやめました。
 
 学生の感想用紙に、「先生が歌った曲のタイトルを教えてください」との質問がありましたので、ここでお知らせします。
 私からのメッセージが、少しでも伝わっていることを願って…。

 愛着の対象は、子ども自身が選びます。
 教師の一人として、学生・子どもたちから「信頼できるおとな」として選んでもらえるかどうか。そして、それが少しでも彼らの支えとなるかどうか。格闘の日々が続きます。

 追記
 最近、清志郎を聞き返しています。こんな時代だからこそ、清志郎にいて欲しかった。いまの世情に対し、清志郎ならどんなロックを見せてくれただろう…と考えます。「清志郎考」はまたあらためて。




 

2014年1月17日金曜日

「子どもの貧困対策の推進に関する法律」が施行


 本日、2014年1月17日、「子どもの貧困対策の推進に関する法律」が施行されました。
 以下、1月10日の担当大臣の記者会見要旨です。


森内閣府特命担当大臣記者会見要旨

発言要旨 <子どもの貧困対策の推進に関する法律の施行について>
 おはようございます。私からは1点ございます。
 子どもの貧困対策の推進に関する法律の施行についてです。 本日の閣議で、昨年6月に制定された子どもの貧困対策の推進に関する法律について、 施行日を定める政令等の関係政令を決定いたしまして、 同法は1月17日に施行することといたしました。
 子どもの将来がその生まれ育った環境によって左右されることのないよう、 必要な環境整備、教育の機会均等を図る子どもの貧困対策、大変重要でございます
 今後、内閣府としては、具体的な施策を担当する文部科学省、厚生労働省と連携して、 大綱の策定作業を進めることとしておりまして、法律に基づく取組を着実に進めてまいりたいと思います。
---------------------------------------------------------------------------

 6月の国会、全会一致で成立した法律です。当初、野党案にあった貧困対策の「数値目標」が削られたことには大きな不満が残りますが(…行政の責任をあいまいにするものです)、法律が施行されたことは、対策に一歩踏み出したこととして喜びたいと思います。
 今後、国・都道府県などにおいて、子どもの貧困対策の計画が立てられ、具体的な支援策に取り組むことになります。その計画立案及び支援策の具体化の段階において、日々子どもの貧困の現場と向き合い試行錯誤する私たちの意見を、積極的に発信していきたいと考えています。

 「子どもは生まれる家も、地域も、国も選べない」

 にもかかわらず、貧困をきっかけに生じるさまざまな困難を「自己責任」として、子どもに引き受けることを求める場面が、この社会の中にはあります。
 私は、これらを「許容することができない差別問題」として考え、スクールカウンセラーとして出向く学校を中心として対応に奮闘するとともに、さまざまな発信をしてきました。昨年は反貧困全国キャラバン2013・スタート前夜集会において、「なくそう! 子どもの貧困 ―誰もが健やかに育つ社会を目指して」という講演もさせていただきました。

 「特別支援教育を専門とする人間が、なぜ貧困問題に取り組むのか?」とよく言われますが、子どもの貧困はその生活(いま、ここ)にかかわることのみならず、その人格の形成にも大きな影響を及ぼします。つまり、教育の課題でもあるのです。
 
 「生を享けるすべての子どもが健やかに育ち、育てられるように…」

 その願いを実現するために、自分にできることは何か考え続けたいと思います。


※数値目標について

 私は、なんでもかんでも「数値目標を立てて…」ということには賛成しません。とりわけ教育の現場においては、その目標が一人歩きし、子どもの最善の利益とは齟齬をきたすことが多々あり、注意が必要です。
 一方、同法律で数値目標をなくしたことは、行政(大人)の責任をあいまいにしたものとも考えられ、こちらには目標が必要だったと考えるのです。
 …子どもたちには、学力をはじめとして「数値目標」を設定して「頑張れ、頑張れ…」と尻を叩くのに、大人は免責???…と考えてしまいます。 
 「大人はズルイ!」と思うのは、私だけでしょうか?

 なくそう! 子どもの貧困 全国ネットワークのHP


2014年1月13日月曜日

出張の道中の楽しみ(1)



 釧路は、どこに行くのも遠い。大学の本部がある札幌に行くにも、JR北海道の「汽車」で行くならば、片道4時間以上かかる。新幹線の「のぞみ」ならば、東京から広島まで行ける時間である。 注)決して距離ではない。


 以前は、この時間がとても苦痛であったが、今は「読書の時間」と割り切って、その時間を楽しむことにしている。途中、峠があるので私が使うモバイルは接続されない。パソコンを開いてもとりわけ左右への「揺れ」が激しいために、文書を打っているうちに酔ってしまう。読書か、寝るかしかないのである。


 今日もある会合で、知人から「大学の先生は本を読むのが仕事だけど…」と言われた。そのとおりと思うが、今の大学の現場は、4時間まとめて読書に使う時間などとれない。そのような意味でも、移動の時間は貴重であり、楽しみなのだ。

 一方、汽車(繰り返すが、電車ではない)がないところへの移動は、自動車を走らせるしかない。その道中の楽しみは、一人ならば音楽を聴いて思想にふけり、同乗者がいるならば「おしゃべり」である。教育大釧路校の特徴的な教育活動の一つである「へき地校体験実習」では、われわれ大学教員が根室・釧路・十勝管内の各学校、教育委員会にたびたび足を運び、教育実習の調整を行う。その道中、同僚との、また学生との会話は、ふだんそのようなかかわりが少ないだけに楽しいのである。…大学の現場は、同僚や学生とたわいのない会話をする余裕が、物理的にも精神的にも奪われている状況にある。

 おととい、釧路民間教育研究団体連絡協議会(略して釧民教・せんみんきょう)の第102回研究集会に参加するため、標茶町茅沼温泉に車を走らせた。体調があまりよくなかったので、分科会だけの参加ではあったが、大学院生のオオヤくんと片道1時間弱の道中をともにした。

 オオヤくんと私は、彼曰く「6年の腐れ縁」という関係。学生から腐れ縁と言われたのには驚いたが、確かに彼が学部1年の時から大学院2年の今日まで指導を担当してきた。私は、彼に対して、政治のこと、社会のこと、今の若者のことなど、いろいろと率直に話ができるし、彼も私に対してはある程度素直に話してくれる。たとえ私と考えや意見が違っても、しっかりと自分の考えを表明してくれる、数少ない手ごたえのある学生の一人だ。

 この数か月、私たちの二人の会話は、修士論文作成にかかわることばかりだったので、この日はあえて違う会話をしてお互いの気分転換をしようと思い、最近の沖縄のこと、福島のこと、秘密保護法のことなど、ざっくばらんに話した。

 
【会話の中で…】
 トダ「授業でも、学生たちにこんな話をするけれど、なかなか自分事として考えてはもらえない。どうしてかな?

 オオヤ「……いや、自分もそうですけれど、興味がないわけではないですけど、"自分のこと"で精一杯なんじゃないですかね。自分のことで…」

 トダ「そうか…、そうだよな。 日々、自分のことで精一杯だよな…」

 思い出してみると、自分の学生時代も、自分の日々の生活のこと、離れて生活していた家族のこと、自分の進路のことなどを考えるのが精一杯で、社会の問題やそれが自分の生活とつながっていることなど、あまり考えてはいなかった。そんな自分のことを忘れ棚に上げて、また今の学生のしんどさに共感もせずに、何かを偉そうに言っている自分に気づかされた。
 またまた、オオヤくんから学び、気づかせてもらった瞬間だった。こうやって、学生から学ぶ機会があるから、しんどいことも多いけれど、なんとかかんとかこの仕事を続けていけると思う。
 ここに永六輔『大往生』(岩波新書)で読んだ「妙好人の歌」を引用する。

「子供叱るな来た道だもの
 年寄り笑うな行く道だもの
 来た道 行く道 二人旅
 これから通る今日の道
 通り直しのできぬ道」


 
成人の日に際して…
 「成人したみなさんへ」
 
 いま、皆さんが生きやすい社会をつくれなかった責任の一端を、大人の一人として痛切に感じています。申し訳ありません。
 今後、成人として、この社会の主権者の一人として、誰もが健やかに生活できる社会をつくっていくことに参画してくださることを、一緒に取り組んでくださることを期待しています。
 その時まで、ぼちぼち待っています。

2014年1月7日火曜日

みんなの夢まもるため…


「がんばれ!」「がんばって!」と他者にかけられる励ましの言葉。
 陸上競技の仲間にかけたことはあるけれど、大学の教員として勤めてきた13年のあいだ、学生に対して使った記憶はほとんどない。否、意図的に使ってこなかったという方が表現としては正しい。
 他者が「がんばれ!」と言葉を発する時、すでにその人はがんばって、がんばってギリギリのところにいる「かもしれない」。だから、自分は容易には「がんばれ!」と励ませない。そう考えるのは、自分にそのような経験があったからだ。
 励ましてくれているのに、善意で言ってくれているのに、「これ以上、どうがんばればいいの…」と泣きたくなったことが何度かあった。私と同じように、がんばらなければならないことがわかっているがゆえに、「しんどい」と言えない人たちがいるのではないかと考えてしまうのだ。
 本州に出て、学んだことの一つに「ぼちぼち」という言葉がある。恩師の一人である近藤直子先生から学んだ。近藤先生からは、今の研究者生活に繋がるたくさんの事柄を学んだはずなのに、自分にとって一番大切な学びは、この「ぼちぼち」という言葉だった。
 では、それを学んだ自分が、この言葉の意味することを他の言葉に置き換えることができるか。そして自ら実践できているかと問われれば…いずれも否である。私にとってはそれくらい、かけがいのない表現であり、貴重な言葉なのだ。
 最近、特に「ぼちぼち」という言葉を他者に対してよく使っているようだ。それだけ、私のまわりが大変そうに見えるのか。それとも自分のしんどさを他者に投影して「ぼちぼち」という言葉をかけてしまうのか。いずれにしても「こちら側」としては、言葉をかけるならば、ぼちぼちの方が座りがいい。




 東日本大震災後、2度ほど岩手・福島を中心に歩いた。「自分にできることは何か」を考え、講演活動や教育相談などをお引き受けしてきた。
 東北のいたる所で、やなせ・たかしさんが描いたアンパンマンのポスターや色紙を見つけた。宮古市のある会館で見た色紙には、アンパンマンが飛んでいる姿の横に、やなせさんが作詞した歌の一節が記されていた。

「おそれるな がんばるんだ
 勇気の花がひらくとき 
 ぼくが空をとんでいくから
 きっと君を助けるから」

 私に向けられた言葉ではないけれど、アンパンマンから発せられる「がんばるんだ」の言葉にまったく違和感はなく、私も素直に励まされた。
 (置かれている状況の差はさておき)…がんばれと言った人によって、それが誰かによって、言われた側の受け止め方は違うんだ。あのアンパンマンに「がんばれ」と言われたならば、私ならぱとても嬉しい…ということに気づいた。

 私が生まれた1976年、やなせたかしさんが「あんぱんまん」(フレーベル館)という絵本を出版した。
 以下、この本の「あとがき」を引用させていただく。



「あんぱんまんについて  やなせ・たかし」

「子どもたちとおんなじに、ぼくもスーパーマンや仮面ものが大好きなのですが、いつもふしぎにおもうのは、大格闘しても着ているものが破れないし汚れない、だれのためにたたかっているのか、よくわからないということです。
 ほんとうの正義というものは、けっしてかっこうのいいものではないし、そして、そのためにかならず自分も深く傷つくものです。そしてそういう捨身、献身の心なくしては正義は行えませんし、また、私たちが現在、ほんとうに困っていることといえば物価高や、公害、飢えということで、正義の超人はそのためにこそ、たたかわねばならないのです。
 あんぱんまんは、やけこげだらけのボロボロの、こげ茶色のマントを着て、ひっそりと、はずかしそうに登場します。自分を食べさせることによって、飢える人を救います。それでも顔は、気楽そうに笑っているのです。
 さて、こんな、あんぱんまんを子どもたちは、好きになってくれるでしょうか。それとも、やはり、テレビの人気者のほうがいいですか。」

 
 
 大学の教師としての私。臨床の現場で、多くの子どもたちとふれあう私。
 私もアンパンマンになれるかな……。なりたい!!

 
 さて、前段がとても長くなりましたが…
 昨年亡くなったやなせ・たかしさんのドキュメントが、NHKで再放送されます。

 いま、このな時勢だからこそ、多くの方に見て欲しい。
 そんな願いを込めて、投稿します。
  
 

※番組紹介
 【再放送】201419()午前040分~129分(8日深夜)
 

2014年1月5日日曜日

ブログをはじめます。よろしくお願いします。


 北海道教育大学釧路校、戸田竜也です。
 この度、6年ぶりに個人(研究室)のHPを改訂することにしました。合わせて、ブログを開設します。

 フェイスブックも、ツイッターもやっていません。電話は二つ折の携帯を使っています。また、管理している公的なHP、ブログが複数あり、さらに個人ブログを開設することには躊躇もありましたが、新規開設の理由は以下の2つです
 (ここまで書いて、このような説明が必要かどうか、わかりませんが…)。


1.「2018年問題」を前に、北海道教育大学釧路校の魅力をアピールしたい!
 「釧路」は、全国の天気予報で見ると一番右上、つまり日本の東端に位置します。「釧路校」は、日本最東端の国立大学です。この地域は、ドラマ「半澤直樹」において、その友人が「左遷先」として示され、大きなショックを受けた地域です(見ていた私はもっと大きなショックを受けた…)。
 しかし、その自然の豊かさ、地域の暖かさ、大学の特色、教育の自由さ…などは、教員を目指す人々にとってとても貴重なフィールドになることを確信しています。
 大学の公的なHPの他に、一教員のメッセージ、ストーリーから、釧路校の魅力を感じていただけたら幸いです。


2.在学生に対してのメッセージを発信したい!
 授業は限られた時間内の勝負です。私のように、授業のコマをたくさん持っていても、それ以上に伝えたいこと(伝えなければならないこと)がたくさんあるため、授業が早口で、たくさんの内容を詰め込んで結局は…とならざるを得ないことが多々あります。
 先日、「特別支援教育特別演習」という授業で、「子どもの貧困」の話をしました。私から「貧困」について話ができるのはこの時間だけですが、特別支援学校の免許を取り、現場に出る皆さんにこのこと(NHK Eテレ)も伝えたかった。
 そのような、授業としては取り上げられないことを、ここで発信できればと思っています。
 学生の皆さんには、「プロの教師」を目指すとともに、それ以前に社会人として、主権者として自身がどのように考え、振る舞うかを日々の生活の中から感じて欲しいと思っています。
 社会人として、主権者として…ということは、実は「プロの教師」の大きな構成要素だと私は考えています。


最後に、とてもプライべートなとことになりますが…
 2年つづけて、年賀状というものを出せませんでした。年末になると、7年前に入院した古傷が痛み出し、調子を崩します。ここ数年、このようなことを繰り返しています。
 お世話になっている皆様には、1月中に「寒中見舞い」を出せれば…と思っています。どうかご容赦ください。